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11月1日付けの秋田魁新報紙の「地方点描」コラムに以下の記事が掲載された。
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横手高校OBが居合わせた酒席でのこと。「武道部歌を歌いながらの応援はいいね。
伝統を感じる。今でも誇りだ」と47歳の73期生が切り出したのを皮切りに侃々諤々
(かんかんがくがく)の議論が始まった。
武道部歌は戦前から歌い継がれる剣道部歌。学生服の前ボタンを外し「臥龍蛟蛇
(がりゅうこうだ)の夢破れ 黒雲天に みなぎりぬ―」と歌いながら、
胸を開いたり閉じたりして、
下に着ているワイシャツとの黒白のコントラストを描くのが応援スタイル。
「PL学園の人文字より男性的。県内随一のバンカラ応援」と胸を張る73期生。
61期生もスーツの胸元をつかんで再現して見せたのだが、55期以前の大先輩
諸氏からは「そんな応援知らん」と一蹴(いっしゅう)され、
「どこか県外のバンカラ高校をまねたのだろう」とまくし立てられた。
いつどんなきっかけで始まった応援なのか―。昭和60年から平成14年まで同校教諭
として勤務、現在同校同窓会・美入野会と同校110周年記念事業実行委員会の事務局長を
務めている戸部尚武さん (64)は「昭和20年代末の55、56期から始まった可能性が高い」
との見解。
86期生で同校応援委員会顧問の細井大成教諭(34)によると、今でも新入生に対する応援練習で、素早いボタン外しから厳しく指導、毎年5月の横手工業高校との野球部定期戦で集大成として
披露しているという。85期生の田中剛教諭(35)は「今年初めて横手工スタンドから応援を
眺めたら、その迫力に感動した」と語る。
さて、武道部歌にまつわる議論の顛末(てんまつ)は応援スタイルとは裏腹に白黒
はっきりしないが、この応援が「剛健質朴」の校風伝承に一役買っていることは間違いない。(2005/11/01 09:15)
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拝復
「地方点描」を読まさせて貰いました。小生は昭和33年卒業の54期生です。
当年とって大体が66歳から65歳の連中です。小生は3年生の時に応援委員会
の副委員長でした。(因みに委員長は横手一中で水上出身の猿橋皓君)
我々の頃は「武道部歌」なる言葉はありませんでした。「柔道部歌」と
「剣道部歌」はありました。
先日行われた「東京美入野同窓会」秋の芋の子汁会に戸部さんは美入野会を
代表してお見えになっておられましたが、少なくとも私達の代では,胸襟を
開いたり閉じたりする応援スタイルはありませんでした。
数カ月前、東京美入野同窓会のHPの掲示板に,昔弓道をたしなんだ女性から
「武道部歌」はすばらしかった・・・と投書してきた事に対して,我々の頃は
武道部歌などというのはなかった・・・と回答して、彼女の夢を壊してしまい
今だ申し訳ないと思っております。(それから彼女は投稿して来ない。)
54期ではないとすれば、55期(寺田知事の世代)の方々に聞いて,黒白を
つける必要があるかも知れないし、そのままにしておく手もあるかも知れません。
まずは,取り急ぎ元応援委員会副委員長からのコメント。 草々
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ちょっと引用が長くなりましたが,皆さんは如何思いますか。
じさまあんこ
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