teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


半生です①

 投稿者:ろっきー  投稿日:2019年 6月17日(月)03時03分43秒
  私の半生を、書き綴ろうと思います。

まず初めに、自己紹介を。
年齢は20歳、性別は男、実家住まいで
高卒無職ネトゲ三昧。

今の社会問題を絵に描いたような、
そんなプロフィールですね。

ーーーーーー

私は、物心ついた頃からテニスをしていました。
3歳からだったでしょうか。親父がもともとテニスを
していたので、その成り行きですね。

この頃、アニメっ子でもあった私は
・「強くなるやつは弱音を吐かない」
・「やるからには全力で」
・「思い続ければ願いは叶う」
この三つを信条として、己の道を歩み始めました。

練習を全力で取り組み、きついメニューや罰ゲームも
弱音を吐かず、体力の限りを尽くす。
その姿を見て周囲の人は私に
「君すごい頑張ってるね。
何か将来の夢でもあるのかな」
と訪ねてきました。
その時の私は、小さな脳をフル回転させてこう答えました。
「世界一のプロテニスプレイヤーになる!」と。
自分が考えつく限りの、最も高みの夢を答えました。
そしてそれは、信条が、呪縛へと変わった瞬間でもありました。
幼い私でしたが、父やコーチとの会話。
また、周囲を囲むメディア媒体から、
「全豪・全仏・全米・全英」の四大大会。
つまり、世界一のテニスプレーヤーを
決める大会のことを知っていました。
そして、その知識があったからこそ
「ベスト8、4を目指す。それはつまりそこで敗退
してもいいよと言っているのでは」

ー 果たしてそれは全力なのか、否 ー

「世界一というものがあるのに、
そこを目指さないのは本当に全力なのか」

ー 否 ー

そう結論付けたのです。

そのようにして頑張った成果か、
それとも生まれ持った運動神経がそこそこあったのか。
小学校に上がる頃には、ドロケイやドッジボール、
サッカーに徒競走など、そつなくこなす少年へと成長しました。

ーーーーーーーー

ちょうど小学校三年生の頃です。
私はアニメの中で、忍者のアニメ(オレンジ髪で「◯ってばよ!が口癖の主人公が登場する)」が大好きでした。

幼稚だった私は、特に
「怒ると力が湧きでて強くなる!」
という事に惹かれたのでしょう。
クラスメイトにちょっかいを出されたり、
ちょっと悪口を言われたりすると手を出す。
果てはあだ名を呼ばれると照れ隠しなのか
「その呼び方するんじゃねぇ!」って叫びながら
相手を叩きだす始末。
なかなかわんぱくな少年だったなぁと思います。
次の学年に上がった時に、この厨二病ならぬ小三病へ少し修正が入ることになりました。

四年生に上がった当初、私は小説にはまり、
ダレン◯シャンや、ハリーホ◯ッターなどを
愛読書として、学校の暇な時間に読んでいました。
運動神経がそこそこよく、
模写に限定してですが絵のセンスがあり
(かっこいい・可愛いキャラクターの写し絵が得意でした)、
喧嘩もテニスで培った体力のおかげか強く、
なのに最近は静かに読書を読み耽る姿。
属性多過ぎでは笑
と突っ込まれそうな少年に成長していました。

また、上下が姉と妹に挟まれていたこともあり、
女の子の扱いにも耐性があったのでしょう。
男子からはスポーツやゲームの話題で、
女子からは読書の話題や絵のことで。

あだ名を呼んだだけで殴り出す暴君のくせに、
男女問わず交友関係を広く持っていました。

そんなある日、仲良くしていた子達が休み時間の合間、ガールズトークに華を咲かせていました。
誰々があの人に惚れた腫れたの話をして、
順繰り順繰りした後に私の方へと回ってきました。

友達として好ましいというのは分かりましたが、
異性として好き
というのがよくわからなかった私は
誰もいない、と。そう答えようとした時でした。
「俺君はさくちゃん(偽名)のことが
好きなんじゃない?」と女の子の一人が言いました。

さくちゃんとは、四年生で同じクラスになった
少し茶髪の女の子です。
女の子の中でも気が合い、
よく一緒にいたのを周囲が知っていたのでしょう。

照れ隠しで人を殴る暴君でしたが、
女の子に手を上げたことはありませんでした。
ですが私は、年頃の男子だったのもあり、
そういうのがこっ恥ずかしかったのです。
照れ隠しの様に、全然すきなんかじゃないよと
態度で表すように、偶然教室の中にいた
さくちゃんを叩きました。

その刹那、私は、心臓が悲鳴をあげる、
その声を聞きました。
親しい人に手を出した事で、
私の心に傷がついたのでしょう。
「傷付くことはこんなに痛い事だったのか、
殴った側がこんなに痛みを伴うなら、された側は
この胸の痛みよりも辛いのだろう」
そう思い至り、私の暴行生活は終わりを迎えました。

ーーーーーー

もう学年は忘れてしまったのですが、
小学生の頃、あるテニスの大会で
一回戦を勝ち抜いた後のことでした。
コーチが自分の教え子の試合を観戦しに来ており、
そのコーチへ試合の結果報告を
しに行った時のことです。

「さっきの試合は何だ。」
と、黒星の報告を行い、返ってきたのはそんな言葉でした。
私は一回戦において、あまり調子の良い状態ではなかったと理解していました。
いつもの様に強打をするとボールはネットに
引っかかったり、ラインを越してアウトしてしまったり。
ミスが多いと気づき、しかし負けられないと
思った私は、ボールを山なりの弾道でひたすら繋ぐ。
所謂チキンな戦法を取りました。
それを見ていたコーチは
「あんな試合をするなら負け方がマシだ、
自分のテニスをしてきなさい」と、そう口にしました。

勝敗よりも、自分のプレイをしたかどうか。
それが大切なのか。
そう思い改めた私は、次の試合で調子が悪いながらも
必死にボールを撃ちました。
結果は敗北でしたが、
「一回戦よりも良い試合だったよ」
そう口にしてくださいました。

きっとコーチは、調子が悪くても、
その原因を見つけ出したうえで、
自分が今まで練習してきたテニスで勝負してほしい。
原因を突き止めずに、行き当たりばったりで
いけば、成長は見込めないから。
コーチは、そう伝えたかったのでしょう。

ですが私は、その考えに
気づくことができませんでした。
少しズレた考えを、すなわち
勝敗よりもその結果に至るまでの道筋が大切なんだ、と。
そう解釈しました。

ーーーーーー

中学校に上がった頃、私は悩んでいました、それはテニスに関して、そして恋の悩みです。

まずはテニスから。
中学に上がった頃、私は伸び悩んでいました。
割と人口の多い県内でもトップ3・4くらいに入る実力はあったのです。
しかし、そこから上に行けなかった。
どれだけ練習しても、どれだけ体力をつけても、
弱音を吐かずに取り組んでも、差は縮まるどころか
離れていきました。
トップに君臨するのが自分より二つ下の少年、
というのもなかなか堪えていたと思います。

その同時期です。
みんなが大好きな(え、そんなことない?)
体力テストがやってまいりました。
私は一年生において握力、上体起こし、反復横跳び、
持久走、50m走、ハンドボール投げの6種目において
学年一位をいただきました。
そこそこ人数の多い学校(40人×10クラス三学年くらいいたので割と多いはず...)でしたので、嬉しかったです。

ですがそれも、二年生において変わってきました。
シャトルラン、50m走、この三つを他の方に
持っていかれました。陸上部と、バスケ部の二人です。
その時の私は、
「50mは陸上してるし、シャトルランと持久走はバスケでターンしながら走り回るから強くなったんだろう」と、そう結論付けたのです。

そして、一位を逃したことに焦りも抱きました。
走ることに関して、負けたくない、そのような思いが私にはありました。
それはテニスをしてきた環境から、というのもあるでしょう。

私の所属していたテニスクラブは、
その年齢のカテゴリーのトップ選手が
ゴロゴロいる強豪のクラブだったと思います。
二つ上の年齢のトップ選手や、
二つ学年が下にも関わらず、私と同じカテゴリーで出場する県内トップの選手。
国体に出場していた大人の選手など
沢山の強者がいらっしゃいました。
その中で私は
三分間走や折り返しダッシュにおいて、
度々勝利をあげていました。

テニスでは勝てない、だけど走る事なら、
その様な気持ちが募り、私は中学校二年の夏、
テニスを辞め、陸上部に入部しました。

私は父にこう言いました。
「走るのが楽しいんだ、テニスを辞めて陸上をしたい」
父は私にこう言いました
「お前が昔、口にした夢、忘れたのか?」と。
覚えています。覚えていましたよ。
世界一のテニスプレイヤーに...
ですが、覚えていると、答えることができなかった。
私はNAR◯TOの生き方に憧れていました。
すなわち、口にした事は曲げない。と。

だからこそ、ガキだった私は
「覚えてない」一言、そう答えました。
口に出した事は曲げない、つまり、口に出した事を
覚えていない、そんな事言ってないよ。
そう考える事で、私は自分の心を守ろうとしました。
また、走ることが楽しいというのも本当だったのです。
競り合って競り合って、最後のラストスパートで
持ち前のスピードを活かして勝つ。
テニスのトレーニングで上の学年の方とも渡り合い、
テニスでは勝てなかったけど、走る事なら。

そうして私はテニスを辞め、陸上部に入部しました。

ーーーーーーー

次は恋の悩みです。

皆さんもうご察しの通り、さくちゃん(偽名)に私は
惚れていました。
小学校4~6と同じクラスになり、中学に上がって
出会ってから初めて別のクラスになったことで
私は自分の思いに気付きました。

その頃私はケータイを与えられており、メールなどのやり取りが大好きでした。
今はラインで一言送って、その返信をまた一言送って。
ラインのやりとりをメールでする感じで、
1日の件数は複数人とやりとりしてたので、
男女合わせて100件は軽く
越してたんじゃないでしょうか。
その様な一言一言送り合うやり取りしか
知らなかった私は、それが普通だと思い、
さくちゃんのメアドをゲットした時、
これからのメールライフに心を躍らせました。

しかし、さくちゃんは一件、いくつかの話題を
メールに乗せてやりとりするタイプの方でした。
私はその事に気付かず、メールが来たらすぐ
送り返し、そしてしばらく返信が来ない事に
「もしや嫌われてるのでは...」
と不安になり、続けてもう一通別の話題を
のせて送る始末。

不安になった私は、メアドを貰って2日後でしょうか。
さくちゃんに告白をしました。
しかもメールで。
それは、関係を持って安心を得たい。という
気持ちがあったからだと思います。

小学校では三年間、校外学習や修学旅行の時は
毎回同じ班分けで、中学へ上がってからは教科書を
借りに行っては、返す時に切手ぐらいの紙に話題を書き込んで交換日記ならぬ交換切手をしていました。
その様な事から少しは好かれていたのでしょう。
告白は成功し、私は
「さくちゃんも私のことが好き。
つまりこれで沢山メールが出来る」
そう考えました。
私の中で、好ましい相手とはポンポンメール
のやり取りをする、その様な方程式がすでに
出来上がっていたのです。

さくちゃんはその様なタイプではありませんでした。
そして私は、その様なタイプを知りませんでした。
そこから私はずっと、自分の考えを押し付けて
いったのです。
「なんでメールの返信こんなに遅いの?
もっとお話したいのに」
あぁそうか、きっとまだ、私のことが好ましい友人、
ぐらいにしか思ってないのだろう。
交換切手に好きだと書いて送りました。
私も好き と返ってきました。
しかし、メールのやり取りは変わらず、
1日一件来るかどうか。

「どうしてメールもっと返してくれないの?」
ああ、そうか、直接告白してないから
まだ踏み切れてないんだな、おーけいおーけい。

これがメアドを交換してから6日目だったと思います。

7日目の昼、私はさくちゃんの自宅の前で
右往左往してました。
インターホンを押して直接告白する。
それが恥ずかしくて20分ほど家の前を右往左往。
完全に不審者ですね。
そうこうしているうちに、車が来る音が聞こえました。
こんなとこ見られたら不審者と思われる?!
そう考えてさくちゃんの家の車の脇に身を潜めました。
その時、さくちゃんの正面の家へと視線が向きました。
車庫が空いている...
まさかと思い、そこから退避しようとしたが
既に車の頭が目に入り...
通り過ぎるのを願って身を潜めましたが
案の定、正面の車庫に車を停止させました。
車から出てきた女性は、ご向かいの家の車の脇
から出てきた少年に気付き、
少年も目が合ったのを分かっていたので
バツが悪そうな顔をしてでてきました。
正面の家の娘さんと同じくらいの背丈だけど
この子、あんな所に潜んで何をしていたのかしら。
そんな視線を向けながら家へと入って行きました。

私は見られた事に焦りつつ、
しかし告白という事に頭がいっぱいいっぱいで、
なのにインターホンを鳴らすことができない

そうしてまた家の前を五分ほど立ち惚けた時、
さくちゃんが家から出てきました。

先程の女性が恐らく電話で伝えたのでしょう。

不気味なものを見るような顔を見て動転した私は、
最低なムードの中
あなたの事がすきです
と、伝えました。
少女は一言「わかってる」と答えただけでした。

空気に耐えれなくなった私は、一言 じゃあ と言って
帰路へと着きました。

その日の夕方。
「友達に戻りませんか?」とメールが届きました。
彼女なりの優しさだったのでしょう。
私は執拗にメールを迫り、関係を迫り、
家の前で不審者同然の姿を晒しました。
そんな私に、友達に戻りませんか。

普通ならこんな気持ち悪い男、
速攻 近づかないで欲しいと言う所でしょう。
バカで元気でスポーツ一筋な無垢の少年。
クラスでもイベントでは筆頭になって盛り上げる。
そんな姿などない、ただただ己の欲望を剥き出しに
した男。
こんな気持ち悪い男私は知らない。
私が相手の立場ならそう思ったんじゃないでしょうか。
それでも彼女は友達に戻りませんか。
そう伝えてくれました。

しかし、不安定になった私は、更に彼女を追い詰めた
と思います。
わかりました、友達に戻りましょう。
そう返信した私は、空気から、
彼女の心が遠ざかっていくのを感じていたのでしょう。
だからこそ、その距離を埋めようとまたメールを
送りました。
迫って迫って迫って、帰ってこないメールに
やきもきしてはまたメール。
彼女はそれからしばらくして、もうメールを送らない
で、そして私ともう会わないで。そう言いました。
当然の結果と言えるでしょう。

それでも私は好きだった、離れたくなかった、
その思いで彼女との関係を繋ごうとして
「オリンピックで優勝したら、もう一度だけ会ってほしい。もし、それが叶うなら、最後に一度、メールを返してほしい」そうメールを送りました。
きっと、それだけの思いがあるならば、今までのことをチャラにして、会ってくれるかもしれない。
そんな風に考えたのでしょうね。

案の定、メールは返ってきませんでした。
ですが私は、私の心を守る為に、
メールは返ってこなかったけど、世界一になったら会ってくれるはず。
そうやって、ご都合主義的な結論を出しました。

ーーーーーーーー

中学二年の冬、陸上部の催しでグランドの端から端
に向かって目標を叫ぶ。
というものがありました。
それと時期を同じくして、体育の先生から
「俺の教え子に、ひたすら目標を口に出して猛進
したやつがいてなぁ!
誰もが無理だと思った場所の入試をクリアしよったんや!」とそんな話を聞きました。
私は、口に出す事で自分の思いをより強固な
ものにしようと考えました。
みんなが、各々の中学生総体や、基準記録を述べる中、
私は「400mで、世界最速の男になる!!」と、叫びました。

彼女への一方的な思いと、
そして「やるからには全力で」
という思いが私にそう叫ばせました。

ーーーーーー

三年生になり、大会標準記録を突破し、
夏期総合体育大会に出場した私は、
3位までに入れば、県大会を勝ち抜き、上の大会
に行けました。

決勝戦、最終カーブを抜けた先には、
三人の選手が走っていました、
まるで立ち塞がる壁の様に。

私はその壁を乗り越えられず、
4位と言う結果で終わりました。

そうやって駅伝に出る選手以外は、
引退を迎えました。

ーーーーーーー

県内の陸上が強い高校がありました。
私はそこへ自己推薦での合格を狙って
いました。
実技テストがあり、私は持久走とバスケを選択しました。
昼休みには先生に直談判して、
体育館で実技選択科目のバスケの練習しました。
もっと練習するべく、放課後ランニングしながら
バスケットゴールを持っている家を探し、
譲ってもらえそうな、使わなくなって暫く経っただろう
と見える見ず知らずの家に突撃し、これまた直談判で
バスケットゴールを譲っていただき練習していました。

また体力作りと長距離含め学校内で持久走が
速かったことから、駅伝メンバーとして選ばれた事で私は三年生の冬、成績を上げていきながらもバスケと駅伝
をこなし、個人種目では叶わなかった
県大会を勝ち抜き、一つ上の大会へと出場しました。

そうして私は希望の高校へ進学する事ができました。

ーーーーーー
 
 

半生です②

 投稿者:ろっきー  投稿日:2019年 6月17日(月)03時01分42秒
  私の入学した高校は、高校総合体育大会において
男女総合優勝を幾度となく達成した高校でした。
全学年合わせて部員は100名に届くかという
人数がおり、
当然陸上部のレベルも高く、インターハイに出場
する選手も毎年数人はいるような場所です。

私は短距離選手として入部しました。
入部して愕然としました、生粋の短距離選手と
の隔絶した差に。
400m走は誤解されがちですが、短距離競技なのです。
100mのタイムが速い方が余裕を持って走れる。
そういう種目です。

入部当時は400mに関して同級生の中で
上位でしたが、半年もすれば体力を取り戻した
同世代に私は尽く抜かされて行きました。
100mは短距離メンバーの中で最も遅かった私は、
ジリジリと差が広がっていきました。

高校でも、目標を宣言する催しはありました。
大きな大会の前で、陸上部全員が集まり、
一人一人が自分の想いを吐き出していきます。
短距離選手として、落ちこぼれていった私は、
それでも世界一を掲げました。
みんなの前で宣言することによって、
逃げ道をなくし、そこに向かって真っ直ぐに
走り出せるように。
逃げ出したくなっても、宣言することによって
自分を逃げられするために。

ーーーーーー

高校にも体力テストがありますね。
その中で私は持久走で比較的良い記録を出しました。
長距離選手には及びませんでしたが、それでも
短距離選手としてはかなりの高タイムでした。
そこに目を付けたのが顧問の先生です。

私の所属した陸上部には顧問の先生が二人
いらっしゃったのですが、その一人ティザー先生(偽名)が持久走の監督をしていました。

部活の時間に呼び出された私は、ティザー先生に
400mと800mの選手として練習したらどうや。
そう声をかけてくださいました。
800mは中距離種目なので、長距離の練習メニュー
に少しアレンジを加えたものが、我が校のものでした。

短距離の練習と長距離の練習をこなしていきましたが、
私は400m、つまり短距離選手として
世界一になりたい。
そう宣言していたので、
長距離の練習に混ざるのに対抗がありました。
しかし、私にはその練習メニューについていけるだけの
ポテンシャルもあったのです。

短距離として大成したい。
中距離選手として結果をだしてほしい。
先生と私は度々衝突しました。

私は意地を張っていたのです。
もう二度と、自分の言葉を違えたくないと。
私はテニスの世界一を目指すと、そう宣言し、
そして勝てない事により、辞めました。

走る事が好きだ、そう言えば親父も
まぁ、諦めたんじゃないし、逃げたわけじゃないし
そのような思考へ誘導する事で、
テニスを辞めて陸上へ行くことを許してくれるだろう。
そういう思いがあったんだと思います。

私は走る事が好きだ。好きなんだ。
そう自分に言い聞かせることで、
その事実を心の奥底へと
追いやりました。

幼少からしていたテニスを挫折した。
その思いに私は気付いており、
それを悔しいと思う程には、テニスが好きだったのです。
だからこそ、あの苦しさを、悔しさを、夢を諦める
その辛さを、感じたくない。
その一心で、私は短距離がいい、短距離がいいんだ。
そう我儘を先生に言いつづけました。

そうしてどっちつかずのまま
私は二年生に上がりました。

速くなるために調べて調べて調べて、
短距離を昔専門にしていたという現バレー部の顧問の
先生に直談判をして秘密裏に練習をつけてもらい、
(陸上部の顧問じゃないのでバレると
色々と面倒な事がおこる)
ゲーセンより競技場だと練習をして
速くなるために持てる時間全てを費やしました。

ですが、一年の大きな大会、二年の前半の大会、
私は400mの枠を勝ち取れず、二年の秋になりました。

秋の大会一ヶ月と一週間前の事です。
練習の負担が腰にかかっていた様で、
椎間板ヘルニアになりかけました。

幸い、ヤバイと感じた瞬間に練習を中止したので、
軽症ですみ、一ヶ月ほどして治りました。
一ヶ月の間、腰に出来るだけ負担をかけない筋トレと
トレーニングをしておりました。
復帰して一週間後には、秋の大会が控えています。
そんな時にティザー先生が
「800mにでてみないか?」と声をかけました。
度々衝突していた事もあり、今試合には出られなくても
俺は400m選手として
大成したいんだ。そう言っていたので、800mに
出場した事は無かったのです。

一週間しか練習する期間はないので、そこまで
良い記録は出ないだろうと思いました。
その様な考えもあり、私は800mへ出場しました。

結果は2位。
嬉しかったです。出場枠すら取れなかった私が
結果を出し、それも準優勝。
結果報告をしにティザー先生の元へ向かいました。
そして
「ほら見てみぃ!結果出たやないか。
400mで出場してたらどうや?予選落ちやろう。
お前は一生予選落ちじゃあ!」

水をぶっかけられましたね、一瞬で勝利の喜びは
彼方へと行き、それと同時に
絶対見返したるっ...!
そう心に誓ったのを鮮明に覚えています。
猛反発を繰り返して短距離の練習した2年生の冬、
私は少しずつ400mの
記録を伸ばしていき、遂にはインターハイに
繋がる春季総体の400mと4×400mRの枠を
勝ち取りました。

そして、私の400mは決勝6/8位。上位三位まで
しか行けないので、ここで400mの試合は終わりです。
冬から春にかけて、メンバー入りしたにも
かかわらずどんどんタイムを落としていき
そのシーズンは自己ワースト記録で終えました。
リレーは準優勝し、次の大会へ進出したものの
右肩下がりだった記録を見てリレーメンバーを
交代となりました。
次の大会までに記録を出せばメンバーチェンジはあると
そう告げられたものの私は記録を出すことが
できませんでした。

そうして残ったのは...違いますね。
何も残らなかったのです。
結果を出すことが応援してくれた人への
最大の恩返しだ。
私は何も結果を残せなかった。

ティザー先生の気持ちは僅かながらに理解
していたのです。
頑張ってる生徒がいるなら、結果を出させてあげたい。
私が先生の立場なら、私だって800mを勧めたでしょう。
その時にはすでに、いやもっと前から、
それはその思いを初めて口に出した時から
気付いていたのでしょう。
世界一になんてなれっこないと。
だからせめて、400m選手として、
一度でいいから、せめて400m選手としてある一定の期間、高校生活の期間、やり遂げたいと。

そうして意地を張り、意固地になって、
終わった後にポツリと声をこぼすのです。

...なにをしてたんだろうな。と

何もない両手を目の前に広げ、そう呟きました。

こうして私の陸上人生は幕を下ろしました。

ーーーーーー

陸上を引退しても受験があります。
そう、大学受験ですね。
私は好きなことをして生きてきたでしょう。
テニスをして、陸上をして。
大学受験をしたとして、私は果たして本気で陸上
を出来るのか。
私は自分をそこまで信じる事が出来ませんでした。
好きだ好きだと口にしたものを三度、諦めたのですから。
大学行ってもやりたい事ないな。
そう思うと、大学受験をする気も失せていきました。

取り敢えず教育大学を目指すと、
そう口にして先生やクラスメイト、家族や友人から
夢を諦めたんじゃなくて、
新しい夢を見つけたんだ。
また、そう言い訳をするように。

案の定、勉強もみかけだけで、大学受験は当然失敗。
卒業を迎えた年。
やりたい事が見つからないと言ってた数ヶ月、
友人のマンションに火災が起こったらしい。
私はそれをキッカケに、消防を目指そうと
思いました。
何か頑張りたい、頑張りたいんだ。
その思いで近くの公務員の教室に行き始めたのが
6月か7月だっただろうか。
試験は9月からで、その年は不合格に終わった。

19歳の年、少しずつその教室への足も遠のいていった。
全く知識が頭に残らなくって。
そして思い至った、ただ甘えていただけだったんだと。
大学受験も、勉強がやりたくなかっただけじゃないか、と。

今何もしたくないのも、何もしなくてもいいからと
そう甘えているだけなんだと。

ーーーーーー

20歳の年、成人式のあとの二次会で中学の
クラスの集まりがあった。
中学校の頃の私は体育大会で活躍したことで、
普通に人気者だった。
スポーツに全力で取り組む姿(タイヤを夕陽の中引っ張りまくる青春の一ページ)はそれはもう
そういう年頃の子達にそこそこ人気あっただろうと
そう思う。

二次会の集まりで、今何してるの、と聞かれ
消防士を目指してるんだ、去年落ちちゃったから
もう一年頑張らねぇとえいねぇんだ笑
と答えた私。
もう受ける気すらないのに、そう答えた。
それはひとえに、昔の輝いていた自分と今の自分
を比べられるのが怖かったからだろう。
だからこそ、みてくれだけ立派にして
公務員目指してますという肩書き盾に
一緒に過ごした友人達、そして先生に嘘を吐く。
失望させないように、失望されないように。

友人や先生は私にこう言うのだ。
あー俺ちゃんらしいなぁ!
消防士か!めっちゃお似合いやん!
先生は「あぁ、想像したとおりやわぁ!」
みんなが応援してくれるのだ。
誰も私の嘘に気付かずに。

私はみんなの前で世界一になると、
そう宣言しましたよね?
先生、想像通りというのは、
「俺ちゃんが世界一になるのしんじてるでぇ!」
あの言葉は嘘だったのですか?

分かっています、わかっているのです。
大人になるにつれて色々諦めて、それでも
進んでいこうとしている。
そんな風に私は見えたのでしょう。
先生はそれを、応援してくれたのでしょう。

慕った先生に、友人に、ずっと隣にいてくれた友に。
頑張ってるよと、そう言いたい。そう言えるように
頑張りたいよ。
でもやる気が起きないのです。
甘えてしまうのです。
これは私の問題なのです。
私自身が、頑張れるかどうかの問題なのです。
だから、相談したくても、しても結局は
私が頑張るかどうかだから、無駄なのです。

ーーーーーーー

そうして一年がまた過ぎ、
あと数ヶ月で21歳の年となりました

昼間、あまり人のいないところを自転車に乗りながらふらふらと。
ネトゲをしていて、相談を受けました。
そして、少し元気が出た。と言ってくださいました。
また相談を受けました。
俺君に任せた!おう、任しとけい!
問題は解決したようです。

私も相談すれば元気が出るでしょうか、頑張れる
でしょうか。
いや、無理かな。出来ない、無理、頑張れない。
生きてきて、その様な思いを誰かに口にしたことが
ありませんでした。
強くなるには弱音を吐いちゃいけない。
その考えが既に私を捕らえていました。
弱音を、相談を、私は出来なかった。

伸び悩んでて、楽しくなくなってきちゃった。
その言葉を言えずに、
私は新しい夢を見つけたんだ。
そう口にした。

妥協は許さない、やるなら全力世界一
そんなこと出来ないと言って逃げたいのに、
口から出るのは逃げ道を塞ぐ言葉ばかりだ。

男友達に相談?
そんなかっこ悪いところ見せたくないなぁ

女友達に相談?
そう思いを馳せた時、私の息子が大きくなりました。
性 殖 器が反応したのです。

私はさくちゃんと仲良くなる時に、女性に
好きになってもらう方法、なんかも少しは
調べました。
いわく、私みたいなちょっと強い感じの男性は
弱みを見せると相手もとっつきやすいとかなんとか。

...あぁ、そうか。この弱音は吐けないな。
だって、女の子に弱みを見せてヨシヨシしてもらおう。
果てはイチャコラしちゃおうとかそう言う考えだったんだろう?
今頬を伝う涙も、女の子に付け入る為のものだったのだろう。

ーーーーーー

最後に

私は昔から演技がうまかった気がします。
スポーツ一筋のバカ、なのはバカですが、
それを無意識に利用して
嘘をつくのが下手そう
その様に思わせる術を持っていた様に思います。
下手くそな嘘をついてコイツは嘘を嘘つけないと思わせ
本当に大事な嘘は徹底してバレない様にと。

消防士を目指したのだって、ほんとは何もしたくないのを誰かに悟られるのが怖くて、
高いお金を自分で稼いだお金で払って信憑性
を見せて隠したんじゃないのか?ってね


私の初恋は、今ではあれが本当に恋だったのか
そう疑う時があります。
独占欲、自己中心性、相手のことを考えない自分勝手な行動
あんなドロドロしたものが私の中にあるのかと、
今でも気持ち悪く思います。

こんな醜い自分を見るくらいなら
二度と人を好きにならなければいいのでは、
そう思うのですが、どうなることやら

もうあんな風に傷付きたくないなぁ
もうあんな風に傷付けたくないなぁ

もう一度、頑張りたいなぁ
 

6/14

 投稿者:あや  投稿日:2019年 6月14日(金)21時52分54秒
  もう15回目だね
ごめんね
本当にごめんね
貴方の事は忘れないよ
大好きだよ
海音
こんなママでごめんね
会いたいよ
 

好き!

 投稿者:かべもん  投稿日:2019年 5月13日(月)15時58分2秒
  自分が好き!というとナルシストと揶揄される。同性が好き!というと同性愛者、異性が好きというと尻軽やら破廉恥と揶揄される。人の好きを揶揄したり、嘲笑のネタにする奴の神経がわからん。意味わからん。

良いじゃん。好きという感情をもっても。誰にも迷惑かけてる訳ではないのだから。だから、いう。私は人間が好き!騙し、嘘、責任転換、陰口、嘲笑、奪取、他人事・・・人間の嫌な面をみてきた。それでも人間が好き!で愛してる。これからもずっと片想いの好き。
 

(無題)

 投稿者:こけ  投稿日:2019年 4月25日(木)00時27分34秒
  誰もが必死に孤独になるまいと自分を偽りながら生きている。価値のない人間は見放されるから。だがそれで手に入れたものとは?自分ではない自分の虚像に対するよくわからない愛だとか憎しみとか、要するに何もないところに向かってひたすら走り続けるひたすら無意味な営みでしかない。愛されるも地獄、愛されないのも地獄。ならば人は自分自身で生きるしかなくなってしまう。他人を絶対的に拒絶するしかなくなってしまう。孤独。孤独。孤独。誰も僕のところに届かないし、誰も僕に届かせてくれない。僕はひたすら自分自身で作り上げた理想とか希望とか、ありもしない愛に向かって走り続けるしかない。あぁそうだ。信じるしかないではないか。この道が正しいと、とにかくこの道しかないのだと。いつかどこかで報われると信じて走り続けるしかないではないか。他人は地獄だ。かといって自分自身が安楽でもあるまい。  

(無題)

 投稿者:こけ  投稿日:2019年 2月15日(金)18時07分20秒
  人が自分自身のこの自己を、己の人生を大切にしてなぜいけないのだろうか?
あぁしかし、誰がどうあろうが誰も文句は言わない。
ただ、人が自分自身になるためには他の誰かを必要として、その誰かは僕のそのあり方を決して認めないのだ。
自分自身を脚色して自分自身の「ありのまま」を放棄して、それで初めて人は社会の「一員」になれる。
なぜ表皮だけしか見ないのか!人間はもっと興味深くて面白い筈だ!なぜ皮だけが全てだとみなして後の全ては無視をする?あぁわかるとも、君たちには「時間がない」。もし君たちに神のごとき眼差しが備わっていたならこの世はもっと住み心地の良い場所になっていたろうに。だが君たちはあまりにも「忙しい」から人間の内面を見る余裕がない。だから印象だけで全てを決めつける。しかしそれは実際には最も犯罪的なことではないか?人間の他ならぬ「この存在」を無視することは最も非人道的なことではないか?お前に俺の積み上げてきたこと経験してきたことがわかるか?俺のこの苦悩がわかるか?お前らの暗い眼差しはただ俺という人間の見た目振る舞いを「判定」するだけで決して俺という人間を見ようとしない。お前らは真実にして最も価値のあるものを喪失している。人の心が全てだ。存在こそが全てだ。お前らはこのクソみたいな社会に適応した対価として心を失った生きる屍だ。こんな社会だ。人はとっとと自殺するか精神病にでもなるしかないだろう。だが心を殺すのは最悪だ。せめて良心の疚しさを持って生きろクソどもが。
 

(無題)

 投稿者:ぐー  投稿日:2019年 1月21日(月)19時23分17秒
  自分を責める事

最近おおかった。
 

全てが繋がってる

 投稿者:こだま  投稿日:2018年11月23日(金)08時54分6秒
編集済
  好きだった。

どうしようもなく惹かれた。


物凄く勇気を出して告白して

ちゃんと振ってくれたのに、ちゃんと振られなかった私が居た。

あの数年間。

あの人に相手が居たこと。

誰にも理解されなかったこと。

「後悔」の意味が分からない。


だって、今迄の全部がこの私を創ってる。


モノローグって、独白とも訳せるけど…一人芝居なんて訳もある(笑)

自分のいまを誰かのせいにしてる間は、きっとずっと抜けれない。

だって、自分を創ってるのは自分だから。

わたしの選択がわたしを創ってる。

小さな小さな、とっても小さな今の積み重ねが、今だよ。

そんで、選んだのは自分だよねー。


だからモノローグ= 一人芝居 。




 

(無題)

 投稿者:まいせるふ  投稿日:2018年11月20日(火)02時38分20秒
  そうだ。


まずいものは、まずいんだ!


あんたのその観方が、わたしには、まずいんだ!


慈悲なんて、いらない。

くれるなら、わたしにください。


本物の、慈悲を。



中途半端な優しさも、

嘘っぱちも、ほしくない。


ほんとのことしか、ほしくない。


わたしは、間違って、ない!!


ちがうのは、そっちだ!!


そっちの普通を、

こっちに、押し付けないで!


わたしは、小動物でも

母でも

小さな女の子でも

危なっかしい子でも


ないよ。


宗教?


そっちがわたしたんだよ。

わたしに、本を。


すごく辛かったときに、渡したのが、その本だったじゃない。


夫婦で本音、話せていないくせに、

そのしわ寄せを、わたしに、よこさないで!



わたし、関係ないよ!!


放って、おいてよ。


信じて、放っておいてよ。


腫れ物に、しないでよ。


 

 投稿者:いぬねこ346  投稿日:2018年11月19日(月)10時52分23秒
編集済
  ^ - ^;



そっかーそっかそっかー





そっか


そろそろ新しいカタチ

自己否定も怯えも




もう覚めるといい


 

さよなら、私

 投稿者:あかつき  投稿日:2018年10月12日(金)01時59分45秒
  高校を中退した。しかも、高校一年生の6月にはもうポツリ、ポツリとしか行かなくなった。

原因は睡眠障害、起立性調節障害、自律神経失調症。色々病名を並べれば言い訳になって安心するけれど、1番の原因は私がよく知っている。インターネットポルノ依存症。
本当に笑える。
だって中学卒業まで「スマホはLINEとかでくだらない騒動を起こす人が持つもの、BAKA製造機」とまで思っていた自分が、それによって一度しかない高校生活を失うなんて。自爆するなんて。

小学校で6年間唯一同じクラスだったAちゃんのアドバイスで、中学三年でコンタクトにして髪型も変えた。
あの日から世界は随分色を変えて、何でもできる様な気がしたくらい鮮やかな日々だった。

ポルノ依存にハマった理由は?
自問自答してみればたくさんある。
中学二年から一緒のクラスになった人がそういう世界のコアな下ネタを私のそばで言いまくったから。
硬派な思考が抜けないから。
高校が、幸せすぎたから。
約束を破ることに罪を感じなかったから。


全部、全部、私のせいで

図書館の先生と真摯に向き合っていたら、集中して本を読めたら、本を扉としてどこまでも広い世界、高校時代にしか開けない世界があったはずだ。
部活を本当に慎重に決めたら?弓道部、空手部、歴研にも入りたかったな。いつまででもN先生と話していたかった。
夏休み、どうして学校に行かなかった?下手な青春浸りして、無駄に時間を過ごして。
授業中に入っていくことは今の私にもできない。でも、単位を落とさないためにだけでもしがみついて学校に行っていたら、そういうキャラとして一からやり直せたのかな。
六月、まだみんなの信頼…じゃないけれど、入学式の自己紹介の明朗なイメージが壊れないうちにちゃんと毎日通えていたら、良かったのに。
学校辞めた後も、バイトやバレエを本当に向き合ってできていたら、きっと発表会にも出られていたろうし色々違ったでしょう。人脈もね。


…やっとすっきりした。こんなifを永遠考えているのはもう疲れた。心がごちゃごちゃになるだけだから、どこかに吐き出したかった。
少女漫画Orengeにあるみたいに高一の春、予感があった。こういうことになると。
未来の、今の私が高校入学の時に戻ってこう言いたい。

ごちゃごちゃ考えて日記に残しても、文字に残しても、それはただゴミクズとなりゆく運命なんだよ。今のめまぐるしい生活に振り回される中でそれらが後ろに飛んで行こうとも、それは「今」より大事なものじゃない。
淡々と日々を過ごす中で洗い流され本物が見えてくる、そうやってI先生は生きてきたんだ。
後悔、という負のエネルギーが生まれる瞬間、それはもしあなたが「今」を続けてきてくれたなら、楽しいという幸せが生まれていた瞬間なのだということ。

この懺悔は、きっと輪廻の様に繰り返される。でも、これで今宵は眠れる。
高校生活を失うということは、「高校3年間」という時と、場所と、自らの肉体と精神、そして周りの人が偶然一致した世界を見ずに人生を過ごすということ。
高校生活を夢見ていた私はなおさら、「やらずの後悔」であれこれ想像してはため息をつくしかないのだということ。

最後に。
私に光をくれたAちゃん。ありがとう。
高校を辞めた後もずっと仲良くしてくれた三人の友よ、ありがとう。
本当に、本当に優しかった。最後まで、いまでも入学式につけてくれた愛しいあだ名で呼んでくれるMちゃん。ありがとう。

高校一年の10月から高三の今日までの堕落を無にして、美しい思い出だけかき集めて、何も考えず。
目には一つの光だけ灯して、ただただ前進するだけです。
 

(無題)

 投稿者:好きだ  投稿日:2018年 9月25日(火)11時52分43秒
  気づいた、男性の激怒がこわい。

怒られることで
どうしようもなくなり
しまいには自分を傷つける。

今日は男性に対して恐怖感がある。

つらい。

恐怖感って

やばいな自分の顔つき死んでるかおかもしれない。


 

(無題)

 投稿者:好きだ  投稿日:2018年 9月 3日(月)19時46分45秒
  優しくなれなくてごめん、

朝の喧嘩ごめん

いつも素直になりたいな。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 8月17日(金)20時53分7秒
 











































 

(無題)

 投稿者:さちある  投稿日:2018年 7月20日(金)02時25分6秒
  男の人に、自分が、依存してしまうだなんて、思ってもみなかった、なぁ。

奥さんがいるひとを、好きになって。

貢いだわけじゃないけど、特に行きたくないところにも、一緒に居たくて、たくさんお金使って。

いつも神経ぴりぴりさせていて、外ばかり見てる男だったから

わたしもいつも、緊張してた。

自分より、彼を労ってさ。

ばかみたい。わたしが、可愛そうじゃん。

ほんと、ばかだよ。

子どもはできなかったけど、避妊は、しようよ。自分の安心の、ためにさ。

ヒーローみたいに、見えたんだよな。

あのころは、さ。

途中から、ガンみたいに、思えていたけど。

外からみていたときには、「 どうしてそんなことになっちゃうのか、全くわからない 」と思っていたことを、この2年の間に経験した感じがある。

それだけ、人と関わろうとしてきたのだと、思う。苦しかったこと、辛かったこと、怖かったことも、本当にたくさんあったけど。

本当に、本当に、辛かったけど。

でも、辛いときに、

誰かに、いま、つらくてさ、って、泣いて、さらけ出すこととか、抱きついたり、甘えたりしてみることとか。

本当は、そういうことを、わたしはずっとしたかったのかもしれないな、って、思う。

いつも、どこかで孤独を感じていたから、

依存したんだわ~と、思う。あ、過去形やけども。

終わったことだ。

成仏しよし。

道は、いつも繋がってきた。

今のわたしの、心地よい世界へと。

ちゃんと、選んでいる。

心地よい、匂いがする方へと、進んで、歩いてきているのだ。


とにかく、話すことだ。

言葉にならなくてもいいから、エネルギーが通るままに、それを出すことだ。

泣いても、怒っても、笑っても。なんでも、いいじゃないの。

それ、その不恰好なやつ、だれかと共有したって、いいじゃないの。

素直に生きようね、わたし。

抗うの、疲れたっしょ?

道はほかに、あったのかも、知れない。

もっと、穏やかな道が。


これからは、もっと穏やかなものを、選んでいきたいな、と、思っている。


少し、さきの、未来のわたし!

男とは、切れてますか?

新しい彼氏、できた?

仕事は、どんなですか?

きっと、心地良く、幸せ。だよね?

おはなし、きかせてね。







 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2018年 6月19日(火)16時54分31秒
  ばばあの顔


きも
 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2018年 5月 9日(水)08時02分17秒
編集済
  鍼灸師になるからね。
安心してね
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 4月29日(日)20時32分45秒
  ごめんなさい。不安だわ  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 4月29日(日)20時30分41秒
  ひどい言葉だ

しんどいな
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 3月30日(金)21時11分59秒
  おまえが死ねばよかったのに!
って言われた。

本当だよね。(._.)_
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 3月21日(水)21時51分54秒
  不安なんです。
ほんとは
優しくされると泣きたくなるし
たぶん崩れるの知ってる。

だから、にと距離おいた。

だからわかるんだよね。

スレ違いとか。大好きな人だから。

つくり(笑)バカリ

泣きたくないよ。

ににつらいです。と言えたらな。(._.)_ 
 

そうか

 投稿者:にっこう  投稿日:2018年 1月13日(土)02時45分30秒
  わたしは元気になっているんだな、と久しぶりに来てみて思いました。

家にこもりがちだった20歳前から、社会に一歩踏み出してからも、書き込む回数は減っていったけど、心の拠り所でした。


孤独だ、と思っていたけれど、きっといつも心の中には人が居て、ほんとのわたしで穏やかに人と生きていくことを渇望していました。


悩むことや不安になることはあるけれど、あの頃よりはずっと穏やかに生きているな、と思いました。


そして、弱いとばかり思っていたあの頃のわたしの強さも、今は感じることができる。


わたしは今、変わりたいなぁ、人生を変えてゆきたいなぁ、ってすごく思っているけれど、

ぼちぼちいこう、と思いました。



いつも変わらず、在ってくれてありがとう。

色んなひとに支えられて、色んな経験もして、わたしは今日まできているのですね。

そのことに、安心できました。ありがとう。
 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2017年12月 5日(火)22時44分54秒
  明日話したい人がいる。  

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2017年12月 5日(火)22時32分46秒
編集済
  一生懸命頑張った
職場であなたはここでは必要とされなかった。

次に行くところでは必要とされる人になりなさい。

と言われた。

だからこそ頑張りたい。

経験があるからこそ頑張りたい

まだまだまだだよ。

悔しかった。泣くほどね。
だから
にいについて
頑張ってる。楽しいよ。

いっぽいっぽ
進みたいだから今ここにいる。

屈辱は乗り越えるためにあるのかな?
今は感謝しかできない
 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2017年11月18日(土)02時35分13秒
  後輩がつらそうだ。
 うつ

同じ経験をしたなかまがいること

わかったかな

私も支える立場たから

今まで大変なことを乗り越えてきたスキルを
つたえられたらな。

見過ごせない。大事ななかまだから。

 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2017年10月19日(木)23時16分14秒
  大好きな人がいる

その人は
闇を抱えてる。

私も過去を抱えてる?


君が好き。自分と違うから

大好き

言葉で表現するから。


わかる。
 

(無題)

 投稿者:にっこう  投稿日:2017年10月 7日(土)00時35分38秒
  わたしは、よく頑張ったよ。


疲れたね。

いっぱい、傷ついて

疲れたね。


信じていたのにね。


一生懸命、頑張ったのにね。

誰に


認められることも、なく。


労われることも、なく。


一番の、望みも、叶わなかった。


嫌なことも全て、受け入れたね。


自分より、相手が、辛いのだから、って。


たくさん、たくさん、受け入れたね。

我慢して。

涙して。

辛かった、ねぇ。


頑張った、ねぇ。

ほんとに、ほんとによく、頑張ってたねぇ。


知ってるからね。

わたしが、ちゃんと、知ってるからね。


忘れないから、ね。


だからどうか、泣きなさい。

辛かったこと、吐き出しなさい。

もう、いいから。


十分、頑張ったから。


もう、いいんだよ、時効だよ。


みっともなくても、いいよ。

泣きなさい、

友だちに、話、聴いてもらいなさい。


きっとみんな、受け止めて、くれるから。

 

(無題)

 投稿者:タケノコ  投稿日:2017年 9月 8日(金)22時41分49秒
  人から何を言われても自分を信じること。
それがだいじ
 

(無題)

 投稿者:もーう牛さん  投稿日:2017年 8月13日(日)23時25分19秒
  何でかなあなたは、辛いと言わない。
あかるいふり。一人で抱え込む。

私も同じだったから。わかる
だから見てられないよ!

頼って。

 

(無題)

 投稿者:ももこもも  投稿日:2017年 5月16日(火)23時38分33秒
  自分の性格疲れる。

猪突猛進
 

レンタル掲示板
/60